三年ほど前になるでしょうか、京都の地下鉄で偶然一緒になったトルコ人青年の事を、今でも印象深く思い出します。
京都駅のホームで国際会館に行くにはこちらでいいかと聞かれたのが始まりです。スーツ姿でとても礼儀正しい青年でした。自宅に帰る私と同じ方向、電車に乗り込んだあとも並んで座り、七駅ほどをお喋りをして過ごしました。
大学時代を金沢で過ごし、今は大学で勉強したことを生かして故国で仕事をされているよう。日本語が堪能なはずです。これから国際会議場で発表をするとのことでした。内容を聞きましたが、なにやら難しくて忘れてしまいました。(笑)
「よく勉強されたんですね」と言うと
「はい、一所懸命勉強しました」と彼。
いらぬ謙遜などしない姿に好感が持てました。
「あなたは なにを けんきゅうしていますか?」
彼から突然の質問です。
「け、けんきゅう?」
けんきゅうっていったら、やっぱり研究? ひたすら勉強をし続けてきた彼は、誰でもなにか研究をしているものだと思っているのでしょうか?
私はただの主婦で、ああ、近所の医院で受付の仕事はしています。といっても、ほんの少しの時間ですけど…。私はしどろもどろで答えていました。自分はなにかの研究に打ち込んでいるような人間ではなくて、といって、ただぼうっとしているわけでもないんだと懸命に言い訳をしていたように思います。
よく考えると、彼が日本語の使い方を微妙に取り違えていて、仕事はなんですか? とか、趣味はなんですか? 程度のニュアンスだったのかもしれません。私のあたふたとした答えぶりに、彼も少し途惑っていたようにも見えました。
そうこうするうちに私の降りる駅になりました。彼は慌てて大きなスーツケースの中を探ると、小さな袋を取り出しました。レモンの香りのするオリーブオイルで、トルコではなんにでもかけて食べるとのこと。これを食べるとき自分のことを思い出してくださいと言って、プレゼントしてくれました。
結構長くなってしまった私の人生、それなりに色々なことに打ち込んできました。けれど、いつもなにかしっくりいかないものを感じて退いてしまう、そんなことの繰り返しでした。自分にしっくり合ったものに出会いたい。そう願い、模索することだけは絶えることなく続けてきたように思います。
あなたは なにを けんきゅうしていますか?
そんな私の心に、彼の言葉は強く響きました。私は一体なにをけんきゅうしたいのか…。
もらったオリーブオイルは使うのがもったいなくて、賞味期限ぎりぎりまで置いておき、見るたびに彼の言葉を思い出していました。
あなたは なにを けんきゅうしていますか?
オリーブオイルはほのかにレモンの香りがし、サラダにかけて美味しくいただきました。
不思議な青年だったなぁと、今でも時々思い出します。またもし彼に会ったなら、今度は堂々と答えられそうな、そんな気がしています。
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