私、春が苦手です。
冬の終わりかけ、春の近づく気配のし始める頃、私は妙に落ち着かなくなります。ちょうど今頃ですね。大多数の人は春が待ち遠しいらしく、こう言うと、大抵不思議がられます。
春といえば、植物は芽吹き、開花し、土中の虫たちは蠢きだす、生命力に溢れた季節です。人間も進級、進学、なにかと新しいことの始まる節目の季節です。それは喜ばしいことなのでしょう、世の中が希望に満ち、誰もが心浮きたっているように思えます。
ひるがえって、私はというと…。
春が来たからといって、なにが変わるわけでなし、
ましてや希望に満ちたことなどあろうはずもなく、
私一人が世の中から取り残されていくような焦燥感に駆られます。
いつからか春が苦手になりました。
そんな思いの時、寒の戻りや名残の雪は大歓迎で、いっそのこと、ずっとこのまま冬であってほしい、なんて思うくらいです。かなりの天邪鬼かもしれません(笑)。しつこい寒さの続く今年の冬など、うれしい限り、のはずなのですが…。
厳しい寒さの日、お客様が店に入ってこられると、冷気まで店内に付いてくるようです。お客様の息遣いや紅潮した頬に外の寒さが察せられ、申し訳ない思いになることも。いい陽気のなか、気持ちよさそうな表情で店に立ち寄ってくださる、そんな季節が早く来ないかと思ってしまいます。 これって、春を心待ちにしているんじゃないか、そんな自分に気づき、驚いているところです。
毎年、春に感じていた焦燥感ってなんだったんでしょう。私はいったい何に取り残される気がしていたのでしょう。
もしかして、あるであろう理想のペースのようなものを一人で勝手に描いていたのかもしれません。理想の人生、こうありたいと思う自分…。取り残されると感じていたのは、世の中にではなく、そうはならない自分自身に、だったのかも。
同じように見えて、人それぞれの春があるはずです。 理想の人生を手に入れられたわけでも、ありたい自分になれたわけでもありません。ただ、今年は今年の、私は私の春を味わえればそれでいい、そう思えるようになりました。
店を始めて、苦手だったはずのことが苦手でなくなっていた。むしろ好きかも、なんてことがいくつかあります。なにがそうさせたのか、よくはわかりませんが、うれしいことです。
そんなことを、これからも書き留めていきたいと思います。
一年生になったらぁ
一年生になったらぁ
友達100人でっきるかなぁ
しののめ寺町のフェイスブックで、「いいね」を押してくださった方が、きのうで100人になりました。「いいね」を頂戴したお一人お一人の皆様、ありがとうございます。
今さら語るまでもないことですが、インターネット上の情報の広がる速さ、届く範囲の広さは、想像を絶するものがあります。ネット販売であっという間にヒット商品が生まれ、一人のちょっとしたつぶやきが大騒動を巻き起こし、芸能人のブログが炎上し…。そんなニュースに驚くこともなくなったこのごろです。
けれど、しののめ寺町の開店にあたり、この一年、インターネットの世界と親密に付き合うなかで気づいたのは、そうしたことはほんの一握りの出来事に過ぎないということでした。
この思い、この情報が、広く、早く、広まって欲しい。そう願いながらホームページやフェイスブックで発信をするも、現実は遅々とした歩みです。次の日も、また次の日も、同じことを願いながら発信を続ける。なかなかに地道な作業です。現実は、そういう人やお店が大多数なのではないでしょうか。
時に歯がゆさを感じながらも、それくらいの方が、伝えるべき人に正しく伝わっていくのかもと気を取り直し、こうした作業を私自身が楽しんでいることに気づき、またパソコンに向かう毎日です。
100という数もインターネットの世界では取るに足らない数字かもしれません。けれど私にはとても大きな数字です。
ちなみに100人目に「いいね」を押してくださったのは、フェイスブックのマニュアルとして、いつも手元に置いていた本の著者、鬼追 善久氏です。きのう「フェイスブック活用講座」を受講した際の講師が、偶然にも鬼追氏でした。とてもわかりやすい内容のうえに、個別に親身なアドバイスまでいただきました。
頑張ってきたご褒美に「はなまる」をいただいたような鬼追氏からの「いいね」100人目。私の持論「本物のIT関係のひとびとは人情深い」を実感する出会いでした。
101人、102人とお一人お一人増えていっていただけるよう、地道に発信を続けていきます。これからも、どうぞよろしくお願いします。
私、アートが好きです。なかでも現代アートというんでしょうか、前衛アートというんでしょうか、専門的な分類はよくわかりませんが、そういうのが好きです。
見ていてとても気持ちがいいんです。もちろん気持ちがよくないものもありますが、好きな作品はもう本当に気持ちがいい。 隣で「なにこれ?!」っていう声を聞くこともありますが、好みは人それぞれ、ということでしょう。
なかでもイサム・ノグチの彫刻が好きです。数年前、滋賀県の美術館で初めて観て魅了されました。「真夜中の太陽」という有名な作品があります。直径2メートルほどの石の円環です。ドーナツ状の大きな石なのですが、不思議なことにすっくと立っています。まわりのどの方向からも眺められるように展示されていて、四方から眺めているうちに、とても不思議な感覚に陥っていった時のことを、今でもよく覚えています。
手前で眺めていると、 こちら側はこちら側、向こう側は向こう側。けれどひとたび向こうに回って眺めると、さっきまでのこちら側は向こう側で、向こう側がこちら側に。
円環の手前から向こうをのぞくと、まるで未来が広がっているように見えます。果てしなく見える未来も、向こうに回ればたちまち過去に。
円環の上と下。くるりと回せば、上が下に、下が上に。円環の右と左。ひょいと回せば、右が左に、左が右に。
終わりのない問答を繰り返すように、私は何度も行ったり来たりして、飽かず眺めていました。禅問答って、こんな感じでしょうか。
以来、私の胸の中にはイサム・ノグチの輪がペンダントのようにぶら下がっています。なにかに囚われそうな時、くるくる回していると、いつのまにやら開放されて、自由になれる気がします。ちょっと無理からではありますが。(苦笑)
このブログでも何度も書いていますが、この一年少しの間に私の状況は一変しました。「ほぼ専業主婦」から「自称にわか女将」へ。活動のフィールドが家の内から外へ。交流の範囲が自分の周辺から大きな広がりへ。考えるべきことの内容も多岐にわたり様変わり…。
確かに大きな変化です。けれど変わっているようで、実は大して変わっていないようにも思います。今さら私に大それたことが出来るわけはなし。出来るとしたら、これまで生きてきたなかで培ってきたことを、ただ精一杯形に表していくこと。過去を未来に。この先に待ち構えていることに真摯に向かっていくこと。未来はたちまち、また過去になるでしょう。
開店からもうすぐ一年を迎えます。それを前にして、そんなことに気づいたこのごろです。
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